熟成

201612107~8年前から連絡を絶っていた友だちと、最近再び連絡を取るようになった。
きっかけは、11月の誕生日に彼女が「おめでとう」とメールをくれたこと。覚えてくれていたことにびっくりしつつも、小柄な彼女が細い指でこの文字を打ってくれたのかと思うと、学生時代の姿が浮かび上がってきて懐かしく、嬉しかった。それから今も、数日に1通、ぽつぽつとお互いの近況を送る日々が続いている。

わたしたちは昔、ある出来事を境にぱったり連絡をとらなくなった。それについては、これまでの日々の中で時折取り出しては考えて、また閉まって、ということを何年も何年も繰り返している。どうしたらよかったのか、今でもはっきりと答えはでない。

彼女とのやり取りでは「そこ」に触れていないけれど、近況を伝えるという些細なことについても、お互い慎重に言葉を選んでいる感じがする。彼女の問いかけに対して、おおげさにしたりぼやかしたりせず、気持ちに合う正直な言葉をひとつひとつ探していた。今日も。


渋谷

20161209

昼過ぎ、渋谷のロフトへ行く。
混んでいたのは地下の手帳売り場くらいで、階数が上がるほど人の気配は減り、4Fのインテリア売り場は閑散としていた。レジに並ぶ人もなく、店員さんも時間をもてあましているようで、リフォーム専用のカウンターに座るお姉さんに至っては、一点を見つめたまま微動だにしないので見ていて不安になるほどだった。

渋谷の喧噪とチクチクした雰囲気が苦手だったけれど、平日は道も歩きやすく穏やか。まるで別の街のように感じる。
なんだか少し身近に感じられて、スクランブル交差点を渡る足取りもほんの少し軽くなる。


17時のコーヒーショップ

デジカメの整理をしていたら出てきた写真
デジカメの整理をしていたら出てきた写真

午前中に仕事を終えて、午後はこのサイトの細かい設定を見直したりして過ごす。
16時を過ぎると窓の外が暗いことに気づき、気分転換に家から一番近いコーヒーショップへ行った。ガラス窓の向こうに電車の改札が見えるカウンターの席で、改札から出てくる人、入っていく人を眺める。
帰ってきた人、出かける人、迎えを待つ人、子ども、大人、お年寄り。17時を過ぎたあたりから人が増えて、にぎやか。
1日を終えた人たちが増えていくお店の中で、これからやることを箇条書きでノートに書いていった。


花とペン

20161201

勤務最終日にいただいた花束のユリが、ここ2日ほどで大きく開いた。花弁、雄しべ、雌しべ、理科で習った記憶をたどってみる。ユリは、すべてが大きくて派手で、自分の美しさをよく知っている気がする。

今日ははじめましての方々にごあいさつをして、元職場の先輩とお話して帰宅。そのあとは家のあらゆる引き出しの中身を取り出し、ひとつひとつを手に取りひたすら片付けていた。いつも曖昧にして残していたものを「いる」「いらない」に選択していくのは、気分が乗ってくるととても気持ちがいい。テンポよく分けていくと、「いる」ものはほんの少しで、多くの「いらない」もの、なくてもいいものに囲まれて過ごしていることに気づく。

どの場所のひきだしからも、黒ボールペンが何本も出てきた。外出先でペンを忘れたとき、特にメモする予定がない場合でも不安でつい買ってしまうからか、一か所に集めてみるとなかなかの量だ。その黒いかたまりは、書くものが見つからないといかに自分が不安になるかを表しているようだった。