白髪

私の白髪のピークは、中学時代だ。
部活終わりにじゃれあっていた陸上部の先輩が、ふと私の髪をかき分けた時に白髪がたくさん生えているのを見て「うわっ」と叫んだのを今でも覚えている。自分の髪の状態を、私もその時初めて知った。

それから高校を卒業して家を出るまでは、週末や寝る前などにたびたび母に白髪を切ってもらっていた。母の膝の上にクッションを置いてその上に頭をのせると、髪をかきわけて白髪を探してくれる。
「抜くのはよくない」というのが母の持論で、根元からたくさん切ってくれるのだけれど、頭を触られることとはさみの慎重な音が心地よくて、そのまま寝るのがひそかな楽しみだった。

切ってもらったら、その白髪をしばらく眺める。黒い髪とは違って、白髪には釣り糸のような独特の質感があり、触っていて飽きない。色がグラデーションになっているものも多く、黒→白はよくあるけれど、中には黒→白→黒というドラマチックなものもあるのでいつまでも見ていられる。日に透かすとひと際きれいで、気がすむまでうっとりする。

今では夫がたまに白髪を切ってくれるけれど、昔に比べるとずいぶん少ないようだ。何度か髪をかき分けて「もうないよ」と言われると、嬉しいんだかさびしいんだかよくわからなくなる。


1ヶ月松本にいました

地元の松本に、1ヶ月ほど帰っていた。(ばたばたしていて仕事でお世話になっている方へのご連絡がおそくなってしまいすみません。26日に戻ってきています)

実家では、定期的にいただいている仕事とその他のことにとりくみながら、時間をみつけて近所を散歩していた。東京でも気分転換や考えごとをしたい時にひとりでよく外をうろうろしていたので、歩くのは私の習慣になっている。
実家周辺には住宅しかなく、最寄りのコンビニには徒歩でいけない距離だし、どこへ行くにも車が必須だ。歩いているのは犬の散歩や畑の世話など目的を持った人だけで、手ぶらでただ歩いているという人はほとんどいなかったので私はたぶん浮いていた。

近所の公園は、終わりがみえないくらいに広くて、いつ行ってもほとんど人がいなかった。
風のない日、枯れた芝生に寝転がって少しだけ目を閉じてみた。最初は寝転がるのにもドキドキしたけれど、どこを見渡しても全く人がいないので、すぐに平気になった。まぶたの裏が明るくなったり暗くなったりするのを見ていたら、ゴミ捨てとか冷蔵庫の中身とか布団を干すだとか、日常のあらゆるものが心身からはがれ、風に吹かれていくようで気持ちよかった。

別の日にまたぼーっと空をみていたら、子どもの頃によく感じていた、目に映るものが突然初めて見たもののように見えて「今なぜここにいるのか」がわからなくなる混乱のようなものを久しぶりに味わった。あのハッと我に返る感じは年を重ねるごとに頻度が減り、最近は1年に1,2回程度しか起こらない。名前はあるのかな。

公園からの帰り道、たまたま家からでてきた近所の人に会うと「いつのまにか大人になって」などと笑顔で話しかけられた。短く会話をしつつも、その人の目は「なぜ今帰ってきているのか」を調べるように、全身を素早く観察しているようにみえた。体中を一瞬でスキャンされるようで、それもまた新鮮な感覚だった。

私の髪は明らかに父からもらったくせっ毛だったし、母と私はほとんど同じかたちの鼻で、同じような肌質であると感じられた。そして家では一番のちびだった私の身長は、いつのまにか母を追い越していた。
帰省の目的は果たしつつ、それ以上のなにか、自分の根っこのようなものも確認して東京にもどってきた。