わお

8月末くらいから、自分の周りの空気が変わった。

最初は、洗いものをしている時に窓から入ってくる風がずいぶん心地よくなったなあと感じていた。肉体をすーっと通りぬけるような爽快さで、食べ物にたとえるとミントをたっぷり使ったゼリーに、甘いシロップを数滴たらしたような感じ(そんなものがあるかは知らない)。あまりに気持ちが良かったのでおもわず「わお」と口から出た。放置していた鍋の底の汚れなどを洗ったりして、いつもより長く台所に立っていた。

自分がどうというよりも、夏から秋に季節が変わっていくからだと思っていた。夏が苦手なので、涼しい風が吹いて、ほっとしていたんだとも。

けれどよくよく注意してみると、家の鍵を回す音がちょっとだけ高く聞こえたり、ボールペンを紙に押し付けるときの感触にぞわっとしたり、駅まで歩きながら見る空、人に会いに行くときの心もち、目に入る看板、聞きたくなる音楽もずいぶん変わっている。

気づくたびに、声に出して、時には心の中で「わお」という。「わお」便利。

家の鍵は劣化すれば音が変わるし、ボールペンも筆圧次第。空も心もちも好みの音楽も、ゆるやかにカーブしていく道のように日々小さく変化しているんだろうけど、表にみえるそれらを通して、自分の内面が変わっていくライブ感みたいなものを味わっている。

なにかを「抜けた」ような感覚。手足につけていたおもりが気づいたら外れていて、ちょっと腕を振るだけで思った以上に動く感じがする。

わお。また言う。何度でも言う。


立ち止まれない街

いつもは避けがちな街、渋谷に行く。
八月末に皮膚科で小さなしこりを切除してもらい、今日は術後1週間の診察に行かなければならなかった。

あっという間に診察を終え、数百円を払って病院の入ったビルを出ると、風が吹いた。
ぬるいとも涼しいともちがう、心地よさとはこういうものだと教えるために神さまがつくったような風。
いつもだったらまっすぐ駅へ向かうところを、今日はそれに背中を押されるように、駅を通り越して歩き出した。

東京にきて10年が過ぎたけど、渋谷とはいつまでたっても仲良くなれる気がしない。
新宿の雑踏はきらいじゃないけど、渋谷のはなんだか顔が勝手にゆがんでくるし、新宿では立ち止まることができるけど、渋谷ではできない。
渋谷の駅を降りてからは、蹴伸びだけでどこまでいけるかを試すように、息を止めて一気に泳いでいる気分。気合いがいる。だからよっぽどの理由がない限り近寄らなくなっていた。

でも、今日は平気だった。
気がつけば寄り道までして、のんびりと通りを歩いていた。
風が吹いていたからだ。
あんなに絶妙な風を吹かせてくれるのだから、神さまが本当にいるのならセンスと思いやりに溢れてるし、なにより愛を感じる。