一番大きな看板をみていた

今朝、ある時期お世話になった人から連絡があった。そのメールの内容が気になって、家事をきりのいいところで終えて、きのうと似たような紺色の服を着て、その人の住む最寄り駅まで行った。乗り換えでは自然と小走りになった。

彼女の顔を見たら、思ったより元気そうだったし、なつかしい笑顔にほっとした。ああ、とにかく会えてよかったと思う反面、かすかな違和感をおぼえた。それは向かい合って座っているだけでふくらんでいくので、なんだか落ち着かない。会うのがひさしぶりだから? 彼女が髪を明るく染めていたから? 私が太ったから? いつもと違うカフェだから? BGMが大きくて居心地が悪いから? 頼んだレモネードが思った以上にすっぱいから? 全部本当で、全部ちがう。

ふたりの間にある空気は、以前とは別のものになっていた。なじみのある、わかりあった心地よいあの空気は、もう過去のラベルを貼った固い箱に入れられたのだ。

ある短いひととき、私たちの心はたまたま同じ方向をむいていて「今度こそ自分が大事にしたいものから目をそらさずに生きよう」と約束した。心がゆらぐたびに励ましあって、会うたびに美味しいコーヒーを飲みながら、きっと大丈夫と言い合っていた。私は書くこと、彼女は彼女の大事なものから、今度こそ目をそらさないと約束した。遅れてやってきた青春みたいだった。

でも、人の気持ちは日々変わっていく。夢だって、優先順位だって、考え方だって変わっていって当然だ。彼女が変わっていくのを止める権利はだれにもない。だけど、なんだか無性にかなしくてさびしくてやりきれない気持ちになる。今日きいた彼女の決意が、本人の意志だとはどうしても思えなかったから。いや、思いたくなかっただけなのかもしれない。

私は最後に会った時よりずっとはっきり自分の意見をいうようになったと思う。彼女のゆがんだ表情をみると、ここまで言っていいのだろうかと迷うけれど、今言わなくちゃ後悔するような気がして、夢中で喋った。伝えたことは全部本当の気持ちだけど、どうしたらよかったのか、なにが正しいのか、正しさなんてあるのか、今もわからない。

ぎこちない笑顔でさよならをして、改札に入ってホームに立ったまま、何本か電車をやり過ごした。足が動かない。視界に入る中で一番大きな看板をみていた。夏の。お茶。涼。

無意識にカバンの中をさぐりイヤホンを出して、音楽をシャッフルでかける。1曲目に流れたcoccoの「強く儚い者たち」をきいて、やっと私の足は動き出した。電車に乗ると、彼女といた場所からどんどん離れていくのを実感した。